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最高裁判所第二小法廷 平成10年(行ツ)51号 判決 1998年7月03日

大阪府堺市老松町三丁七七番地

上告人

株式会社シマノ

右代表者代表取締役

島野喜三

右訴訟代理人弁護士

野上邦五郎

同弁理士

小林茂雄

東京都東久留米市前沢三丁目一四番一六号

被上告人

ダイワ精工株式会社

右代表者代表取締役

松井義侑

右訴訟代理人弁理士

中村誠

鈴江武彦

右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行ケ)第二二三号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年一〇月二二日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人野上邦五郎、同小林茂雄の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田博 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一)

(平成一〇年(行ツ)第五一号 上告人 株式会社シマノ)

上告代理人野上邦五郎、同小林茂雄の上告理由

第一、原判決に判決に影響を及ぼす法令違背がある

一、引用例1の記載内容について

1、原判決は、「引用例1には、釣竿等の管状体が周方向に補強繊維を並び沿わせた最内層(本件発明の第1プリプレグ層に相当する第2のUDプリプレグ層)と、長さ方向に補強繊維を並び沿わせた外側層(本件発明の第2プリプレグ層に相当する第1のUDプリプレグ層)とから形成されることに伴って生ずる周方向の補強繊維量過多、ひいてオーバースペック・重量増加という課題につき、外側層を形成するUDプリプレグを最内層を形成するUDプリプレグよりも巻回数を多くする技術を、その解決手段の一として指摘しながらも、当該技術につき『上記巻付け長さは、管状体の肉厚が均一になるように、通常、マンドレルを整数回巻き回す長さに調整されるから、かかる操作のみで最適な圧縮強度を得るのは極めて難しい」と評価したうえ、上記課題の解決手段としては、最内層を形成するUDプリプレグを外側層を形成するUDプリプレグよりも補強繊維量を少なくし、薄肉とする技術を採用し、外側層を形成するUDプリプレグを最内層を形成するUDプリプレグよりも巻回数を多くする技術をあえて採用しないとしているものと認められる。 そうすると、引用例発明1が周方向の補強繊維量の過多という課題に対し、外側層を形成するUDプリプレグと最内層を形成するUDプリプレグとの巻付け長さ、すなわち、巻回数を異ならせるという技術を採用しなかった理由は、要するに、二種のプリプレグの巻付け長さを異ならせるとしても、その長さは『管状体の肉厚が均一になるように、マンドレルを整数回巻回す長さ」であることを要し、任意の長さに設定できるわけではなく、したがって、プリプレグ中の補強繊維量を適切に調節できるわけではないから、『かかる操作のみで最適な圧縮強度を得るのは極めて難しい』という点にあり、引用例1には、他に当該技術を忌避する理由の記載はない。

そうであれば、最内層及び外側層を形成する各プリプレグの巻付け長さ、すなわち、巻回数を異ならせるという技術とこれら各プリプレグの補強繊維量を異ならせる技術は相互に排斥しあう技術ではなく、両者の技術を併用することも可能であることは、引用例1の上記記載から直ちに理解されるところである。引用例1に、このような技術の併用が技術的に困難であるとの記載はない。」という(原判決書一八頁一五行~二〇頁一三行)。

2、しかしその論拠は全く誤ったものである。原判決は、引用例1では周方向の補強繊維量の過多という課題に対し、<1>「外側層を形成するUDプリプレグと最内層を形成するUDプリプレグとの巻付け長さ、すなわち巻回数を異ならせるという技術」のみでは最適な圧縮強度を得ることは極めて難しいので、上記課題の解決手段として、<2>「最内層を形成するUDプリプレグを外側層を形成するUDプリプレグより補強繊維量を少なくし、薄肉とする技術」を採用したということから、右の「<1>巻回数を異ならせる技術」と「<2>各プリプレグの補強繊維量を異ならせる技術」は相互に排斥しあう技術ではなく、両者の技術を併用することも可能であることは引用例1の上記記載から直ちに理解されるところであるというのであるが、それは明らかな誤りなのである。

3、引用例1には「<1>巻回数を異ならせる技術」のみでは圧縮強度を得ることが極めて難しいとは言っているが、だからといって「<1>巻き回数を異ならせる技術」を他の技術を組み合わせることによって周方向の補強繊維量の過多という課題を解決しようとしたわけではないのである。

引用例1では「<1>巻回数を異ならせる技術」のみでは圧縮強度を得ることが極めて難しいと言って、それを理由に「<1>巻回数を異ならせる技術」自体の採用を放棄してしまっているのである。

原判決は「引用例1には他に当該技術を忌避する理由の記載はない。」というが、引用例1は「<1>巻回数を異ならせる技術」のみでは圧縮強度を得ることが極めて難しいというれっきとした理由によって「<1>巻き回数を異ならせる技術」を忌避していることは明白なことである。

しかるに原判決は「<1>巻回数を異ならせる技術」のみでは圧縮強度を得ることが極めて難しいという理由だけでは「<1>巻回数を異ならせる技術」を採用しない理由にはならず、「<1>巻回数を異ならせる技術」と他の技術、特に「<2>各プリプレグの補強繊維量を異ならせる技術」との組合せを排除するものではないという。

しかし引用例1では「<1>巻回数を異ならせる技術」のみでは圧縮強度を得ることが極めて難しいという理由でもって「<1>巻回数を異ならせる技術」の採用を排除しているのであり、右の原判決の論理は明らかに引用例1の記載を超えた事実を認定していることになるのであり、引用例1の記載内容を曲解したものである。

4、原判決は引用例1の「<1>巻回数を異ならせる技術」のみでは圧縮強度を得ることができないから「<2>各プリプレグの補強繊維量を異ならせる技術」を採用したことを根拠にして、これからとする記載から直ちに「<1>巻回数を異ならせる技術」と「<2>各プリプレグの補強繊維量を異ならせる技術」とは相互に排斥しあう技術ではなく、併用可能なものであると断言しているが、そのような認定をするには相当の根拠がなければならないはずである。しかるに何の根拠もなく右の「<1>の技術」と「<2>の技術」が併用可能というのは明らかに論理性を欠いたものである。

二、両技術の意味

原判決は前述のような理由から「<1>巻回数を異ならせる技術」と「<2>各プリプレグの補強繊維量を異ならせる技術」が排斥しあう技術でなく、両技術が併用可能であると認定し、引用例1には両技術を併用するのが技術的困難であることの記載もないとして、それらのことを根拠として右「<1>巻回数を異ならせる技術」と「<2>各プリプレグの補強繊維量を異ならせる技術」を組み合わせることは当業者が容易に想到しうるものであると認定している(原判決書二四頁一一行~二五頁二行)。

しかしこのようなことから右「<1>巻回数を異ならせる技術」と「<2>各プリプレグの補強繊維量を異ならせる技術」の技術を組み合わせることが当業者にとって容易に想到しうることとは到底考え難いことである。

仮に「<1>巻回数を異ならせる技術」と「<2>各プリプレグの補強繊維量を異ならせる技術」が相互に排斥しあう技術でなく両技術が併用可能であるとしてもそれは右の「<1>巻回数を異ならせる技術」と「<2>各プリプレグの補強繊維量を異ならせる技術」が排斥しあうものではないというだけであり、又両技術を一緒にして用いることができないわけではないというだけであり、それを根拠に両技術を組み合わせることが容易に想到しうるとはいえないはずである。両技術が両立しないものでないとしても、それらを組み合わせることが容易に考えられるとは限らないからである。

なぜなら別々の刊行物に記載されている技術は特別の場合でない限り排斥しあう技術ではないのであり、両技術の併用が可能である場合が多いからである。

両技術を組み合わせることが容易であるかどうかは、両技術が排斥しない技術であり、併用可能な技術の中からその組合せが容易であるかどうかをさらに判断しなければならないのであり、両技術が排斥し合うようなものであったり、併用可能でなければそもそも両技術を組み合わせること自体が問題にならないのであって、その容易性等が考慮される余地はないのである。

このことからも両技術の組合せの容易性の問題と両技術が排斥し合わない技術であり、併用しうる技術であるかどうかという問題とは別の問題であり、原判決はこれらを混同しているのである。

三、「<1>巻き回数を異ならせる技術」と「<2>各プリプレグの補強繊維量を異ならせる技術」を組み合わせることの困難性について

1、引用例1は一方向性プリプレグ(UDプリプレグ)による長手方向プリプレグ(第1プリプレグ)及び周方向プリプレグ(第2プリプレグ)が同一長さ、同一巾にすることによって形成されたものであり、その上に第1、第2プリプレグを互いに直交するよう重ね合わせ、約90℃に加熱したプレスロールに通し、1cmあたり3kgの線圧を与えて貼着し、さらに・・・・両面離型紙を剥ぎ取って第1、第2のUDプリプレグからなる二層プリプレグシートによって構成されてはじめて、引用例1に記載(引用例1の5頁左上欄18行~右上欄9行)の軽くて曲げ強度の強い釣竿が得られるのである。

2、このことは引用例1に示されている(引用例1の6頁左上欄3~6行)とおり、離型紙に担持されている第1、第2のUDプリプレグをマンドレルに巻き付ける際、手積みによって重ね合わせ、しかる後両面の離型紙を剥ぎ取って二層プリプレグシートを得て、上記と同様の管状体を得た場合には、(同一長さ、同一巾のものは)第1、第2のUDプリプレグ同士が十分強固に貼着されず、両面の離型紙を剥ぎ取る際に、その引っ張り力によって、特に第2のUDプリプレグ(通常極めて薄く0・03mm以下)に目開きを生じてトレカT300の配列が乱れてしまった。又離型紙を剥ぎ取る際に、第1、第2のUDプリプレグの貼着が一部で剥離して両UDプリプレグ間に空気溜りができ、上記目開きと相まって第2のUDプリプレグが所々で浮き上がった。さらに、この浮き上がりのために二層プリシートをマンドレルに巻き付ける際に、第2のUDプリプレグが皺になり、トレカT300の配列が一層乱れてしまった(引用例1の6頁左上欄9行~右上欄2行)。

さらに、引用例1によれば、横断面写真(倍率100倍)では、この管状体の第1、第2の層、特に第2の層は大きくうねっていて、正確な渦巻を形成していない(引用例1の6頁左上欄5~7行)。

しかも・・・・手積みによって重ね合わせる際に抱き込んだ空気によるものと思われるボイドを生じている(引用例1の6頁左上欄7~10行)。これでは・・・・曲げ応力がボイドに集中するから管状体の曲げ強度は大変低いものになってしまうし、製品間のばらつきも大変大きいものになる(引用例1の6頁左上欄10~14行)。

又第2の層が所々でとぎれていて観察されない、つまり第2の層を形成しているトレカT300が正確に配置されておらず、長手方向において蛇行している。これでT300の使用量に見合う周方向補強効果が発現されないし、特定のばらつきも大きくなると明記されている(6頁左上欄14~20行)。

3、このことは管状体(釣竿)を製作する際あらかじめ第1、第2プリプレグが強固に貼着されているものを使用しない限り(二層プリプレグシート)釣竿を商品として販売する場合一定品質を維持することはできないことを明示しているものである。

すなわち釣竿等の管状体を巻装する際、第1、第2プリプレグを分離して巻装した状態では所望の曲げ応力を得ることはできない。第1と第2プリプレグの大きさを変えるということは釣竿等巻装する際、分離した第1、第2プリプレグをそれぞれ別個に所定の大きさにあらかじめ裁断しておかなければならないから当然に分離したものを巻装することになるのである。

引用例1では、このような構成のものは上述のとおり品質のばらつきを生じ、曲げ強度は得られないとして明確に忌避しているのである。

以上の引用例1の記載から考えても「<1>巻回数を異ならせる技術」と「<2>各プリプレグの補強繊維量を異ならせる技術」を組み合わせることは当業者が容易に想到しうるものではないのである。

四、以上の通り、原判決は引用例1に記載されている内容を誤解して「<1>巻回数を異ならせる技術」と「<2>各プリプレグの補強繊維量を異ならせる技術」が相互に排斥しあう技術でないとしてこれらの技術が排斥しあう技術でないことは、これらの技術を組み合わせることが当業者にとって容易に想到しうるものであるとして、結局引用例1、2、3より「<1>巻回数を異ならせる技術」と「<2>各プリプレグの補強繊維量を異ならせる技術」とを組み合わせた本件発明は容易に発明し得たものと判断しているが、それは前述のごとく特許法二九条二項の発明の進歩性についての法律判断を誤ったものであり、判決に影響を及ぼすことは明白である法令違背がある。

第二、原判決には理由不備、理由齟齬の違反がある。

一、そもそも原判決は、本件発明が、周方向のプリプレグ(第1プリプレグ)と軸方向のプリプレグ(第2プリプレグ)とでその樹脂含浸量を異ならせ、その含浸量を特定した上、更に、第1プリプレグと第2プリプレグの厚さ、及び巻回数が異なるように特定したものである点を理解せず、又、引用例1(甲第三号証)に記載されている従来技術は、二種のプリプレグは樹脂含浸量が同じでありかつ厚さ(繊維量)も同一のものであるのに対して、その改良として発明されている引用例発明は、厚さ(繊維量)を異ならせているとともに、二種のプリプレグの樹脂含浸量を異ならせているものである点を理解せず、単に巻回数のみに注目して論じているものであり、技術的解釈を誤った結果、理由不備、理由齟齬が生じているものである。

即ち「甲第三号証における前記『補強繊維の使用量が同一である二枚のUDプリプレグを重ね合わせて使用すると、周方向の補強繊維量が多くなりすぎてしまい、圧縮強度・・・・・・・・圧縮強度を得るのは極めて難しい」の記載は、『従来は、例えば特公昭54-36624号後方に記載されているように、単位面積当たりの補強繊維の使用量が同一である二枚のUDプリプレグを用い・・・・・・・・」た場合におけるものであり、同一の樹脂含浸量であることを前提としており、本件発明のように樹脂含浸量及び厚さが特定されている第1プリプレグ及び第2プリプレグではないのである。」(被告第三準備書面第四頁下~五行目乃至第五頁五行目)

引用例1に記載された従来技術においては、周方向プリプレグの繊維量と、軸方向プリプレグの繊維量とが同一であることはいうまでもないが、それらの合成樹脂含浸量も同じであるプリプレグを同一長さで巻回しているのに対して、引用例発明においては、周方向のプリプレグと軸方向のプリプレグとでその樹脂含浸量を異ならせ、更に繊維量(厚さ)を異ならせているものである。

したがって、単純に両プリプレグの長さのみの相違では論じることができないものであり、引用例1における従来技術及び引用例発明とを技術的に正当に把握すれば「両者の技術を併用することも可能であることは、引用例1の上記記載から直ちに理解されるところである。」とはならなかったはずである。

更に、引用例2及び引用例3について、原判決は、「そうすると、引用例2には、曲げ強度等の優れた釣竿を形成することを目的として、芯型(マンドレル)にその周方向の補強を目的として周方向に補強繊維を並び沿わせた(又は軸方向に比べ周方向の補強繊維量の割合が大きい)プリプレグを巻いて最内層とし、その外側に軸方向の補強を目的として軸方向に補強繊維を並び沿わせた(又は周方向に比べ軸方向の補強繊維量の割合が大きい)プリプレグを巻いて外側層とし、かつその外側層のプリプレグが最内層のプリプレグよりも巻回数が多くなるようにする技術が記載されており、また、引用例3にも、管状体を成形するに当たって、周方向に補強繊維を並び沿わせたプリプレグを最内層とし、その外側に軸方向に補強繊維を並び沿わせたプリプレグを巻き、さらにその外側に周方向に補強繊維を並び沿わせたプリプレグを巻いて最外層とし、かつ軸方向に補強繊維を並び沿わせたプリプレグの巻回数が周方向に補強繊維を並び沿わせたプリプレグの巻回数の合計よりも多くなるようにする技術が記載されていることが認められ、」とした上で、「このことと、引用例1に従来技術の説明として、前示『上述したような問題は、上記他方のUDプリプレグ、すなわち補強繊維の繊維軸がマンドレルの周方向を向くように巻き付けられるUDプリプレグの巻き付け長さを調整することによってある程度解決できる」と記載されていることによれば、外側層の軸方向に補強繊維を並び沿わせたプリプレグ(本件発明の第2プリプレグ)の巻回数を、最内層の周方向に補強繊維を並び沿わせたプリプレグ(本件発明の第1プリプレグ)よりも多くする技術は、本件出願前において周知慣用技術であったことが認められる。」(判決第二二頁第一三行乃至第二三頁末行)と誤った認定に導いており、理由不備、理由齟齬の謗りを免れない。

即ち、引用例2及び引用例3におけるプリプレグは、両者とも樹脂量については樹脂含浸量が同じものについて巻数が異なっているものであり、審決にも、明確に「甲第2号証および甲第3号証には、いずれも、管の長さ方向と直交する方向にカーボン繊維を並び沿わせたシートに合成樹脂を含浸させた第1プリプレグ、および管の長さ方向にカーボン繊維を並び沿わせた引揃えシートに合成樹脂を含浸させた第2プリプレグを巻装し、かつ後者の巻き回数を前者のものより多くすることにより製造された釣竿或いは管状体が記載されているものの、両プリプレグの樹脂含浸量は同一と認められ、これら甲各号証に記載されたものは甲第1号証記載の従来技術と異なるものではなく、樹脂含浸量が異なるプリプレグの巻き回数を異ならせることについての示唆はないというべきである。」(審決第一六頁下~二行乃至第一七頁第一一行)と認定されているものである。それにもかかわらず、原判決では、「外側層の軸方向に補強繊維を並び沿わせたプリプレグ(本件発明の第2プリプレグ)の巻回数を、最内層の周方向に補強繊維を並び沿わせたプリプレグ(本件発明の第1プリプレグ)よりも多くする技術は、本件出願前に置いて周知慣用技術であったことが認められる。」と、その理由を示さないまま、繊維量も、樹脂含浸量も同じで繊維方向が異なっているプリプレグで構成された従来技術と、繊維量(厚さ)も、樹脂含浸量も異ならせた上、繊維方向が異なってる第1プリプレグと第2プリプレグより構成されている本件発明の技術とを混同し、審決の認定と異なる誤った認定をしており、理由不備、理由齟齬の謗りを免れないものである。

原判決の上記認定によれば、「本件発明の第2プリプレグの巻回数を、本件発明の第1プリプレグよりも多くする技術は、本件出願前において周知慣用技術であったことが認められる。」ということになり、容易性を持ち出すまでもなく特許法第二九条第一項第一号又は二号に該当することになり、その点でも、原判決には理由齟齬がある。

仮に、原判決のように、「このことと、引用例1に従来技術の説明として、前示『上述したような問題は、上記他方のUDプリプレグ、即ち補強繊維の繊維軸がマンドレルの周方向を向くように巻き付けられるUDプリプレグの巻付け長さを調整することによってある程度解決できる」と記載されていることによれば」との理屈が成り立つとしても(その理屈が成り立たないことは前述のとおりであるが)、引用例1に説明されている従来技術における二種のプリプレグはその厚さ、樹脂含浸量が同一の場合であり、又、引用例2、引用例3の二種のプリプレグにおいてもその厚さ、樹脂含浸量は同一である(この点の認定は被上告人も認めているところである)ので、それがいきなり、その厚さ、樹脂含浸量を異ならせている本件発明の第2プリプレグの巻回数を、本件発明の第1プリプレグよりも多くする技術は、本件出願前において周知慣用技術であったことにはなるはずがなく、原判決に理由不備、理由齟齬の違法があることは明らかである。

二、更に、原判決においては、効果の判断においても理由不備、理由齟齬による誤りを犯している。

原判決は、「被告従業員の作成の強度解析結果報告書(甲第九号証)記載の実験結果によれば、引用例発明1の実施例に相当する試料1と本件発明の実施例に相当する試料2との間に、重量、曲げ強度、比強度等に有意の差が生じていると認められるが、引用例2、3記載の技術を適用しない引用例発明1の効果とこれを適用した本件発明の効果とを対比すれば、その間に差異が生ずることは当然のことというべきであり、この実験結果から、本件発明の効果が、引用例発明1に引用例2、3の技術を適用した場合に予測できる以上の効果であるということはできない。」としているが、前述のとおり、引用例発明と、引用例2、3記載の従来技術とは相容れないものであり、引用例発明に、引用例2、3記載の技術を適用することは当業者にとって困難なものであるので、原判決の認定には理由齟齬がある。

そもそも本件発明である釣竿の技術分野においては、プリプレグの繊維の方向、繊維量、合成樹脂含浸量、巻き方等の組合せにより、よりよい性能の釣竿を発明すべく日夜努力されているものであり、機械を組み立てるように、単に組み合わせればより良いものができるような性質のものではなく、それらの組合せによる作用効果は蓋然性に乏しいものであり、甲第九号証における本件発明の効果を単に予測できる一言で片づけるのは理由不備というほかない。甲第九号証に示された本件発明の重量、曲げ強度、比強度等の優位性は10%程度ではあっても、釣竿を一日中把持し、操作する釣り人にとっては驚くほどの効果である。

更に原判決は、「審決が認定する本件発明の効果(審決書一五頁二〇行~一六頁八行)は本件明細書(甲第二号証の一、二)記載の本件発明の効果を要約したものと認められるが、それが引用例発明1に引用例2、3記載の技術を適用した場合に当業者に予測できる以上の効果であるとは、本件全証拠によっても認めることはできない。」と判断しているが、審決は「本件発明は、上記相違点<1>の構成を採用することにより、本件発明の他の構成と相俟って、明細書に記載されるような竿全体の重量を軽量にすることができるとともに竿の圧潰に起因する内面側の表層割れ、脱芯の際の最内層の表面割れの防止、製造時の芯金への巻き付け易さ、加熱工程での第1プリプレグへの加熱工程での流入による最内層及び外側層の引き裂き強度の向上等の効果を奏するものである」(審決書、第一五頁末行乃至第一六頁第八行)と判断しているものである。

即ち、「本件発明は、第1、第2プリプレグの樹脂量の限定、厚さの限定と巻き方が相俟ってできる限り軽量で所定の強度が得られる効果を奏するものであり、それとともに明細書記載の他の効果も同時に奏することができるものである。例えば、第2プリプレグの厚さは、本件発明の場合にはその実施例に記載されているように「0・05mm~0・1mm」程度のものであり、それより極端に厚くして、第1プリプレグと同巻数とすると、巻き付き難くなるものである。即ち、本件発明においては、『前記第1及び第2プリプレグ1、2は、巻回工程の前においては、圧着することなく、互いに摺動自在にソフトに重ね合わせた状態となし、巻回工程時に互いに圧着させながら巻回するのが好ましく、かくすることにより、巻回時に、相互に前もって圧着したものを巻回する場合のごとく、互いの圧着部が無理に摺動移動させられ、しわ状となって空気が入り込み弱体化する問題が解消され、各巻回層間の全体に亘って、隙間の全くない理想的な密着状態となし得るのである。」(本件公告公報第四欄第四一行乃至第五欄第七行)とされているように、厚肉の樹脂量の少ない、べたつきを少なくした第2プリプレグを巻回数を多くすることによりテーブルへの付着をなくし、巻回時の第1プリプレグのずれを覆い、良好な巻回作業ができるものである。そして、マンドレルへ直接接触する部分は、比較的、樹脂量の多い第1プリプレグを用いることによりマンドレルへ接着性を良くし、竿全体の重量が同一で、釣竿の調子曲げ剛性等に最も大きく影響する長手方向の繊維量をできる限り多くするために33wt%以下の樹脂量で、巻回数を多くして、強度の安定した軽くて強い釣竿の構成としているのである。以上のように本件発明は明細書記載の効果を奏するものであり、審決に誤りはない。」(被告第三回準備書面第一〇頁第一行乃至第一一頁第九行)との主張に対し、原判決では何らの理由を示さず、「それが引用例発明1に引用例2、3記載の技術を適用した場合に当業者に予測できる以上の効果であるとは、本件全証拠によっても認めることはできない。」としているのは、理由不備であり、不当である。

以上

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